1.
緑茂る大地の上を、風が駆け抜けてゆく。
その度に草の葉はさざめき、太陽から降り注ぐ金色の光を弾いて揺れる。流れゆく光の波の、どこまでも広がる光景は、まるで緑の海原のように思えた。
目の前に広がる光景をぼんやりと見つめたまま、少年はたった一人そこに立ち尽くしていた。
頬を撫でゆく風は冬の気配を残しているのか、まだ少し冷たい。だが、それも春の陽射しの下では心地よい清涼さに変わる。
耳に届くのは――風の音、草の葉の歌。
瞳を閉じて瞼に降るは、光の気配と暖かなぬくもり。
――ずっと・・・・・こうしていられたらいいのに――
そう呟いたとき、少年は風に混じって聞こえてくる声に気が付いた。
誰かが、自分の名を呼んでいる。
遠く――近く響く声に、少年はとっさに応える。
ここにいる。ぼくは、ここに――
そう言葉にした瞬間、奇妙な違和感に少年は動揺を覚えた。
――これは、誰だ?
これは、自分のもの声ではない。叫んだ声は幼くあどけない、子どものそれ。
恐る恐る自分の体を見下ろせば、頼りなげな小さな両の手が視界に映る。
・・・・・誰――?
困惑している「自分」置き去りに、さっきまで自分自身だと思っていた少年は声のもとへと駆け出す。取り残された自分は少年の背中を見るともなしに見つめながら、さっきまでの感覚はすべて少年のものだったのだと悟った。
膝まである草を掻き分けて、少年は何かに憑かれたように走り続ける。
もっと、もっと早く――
だが、少年の思いとは裏腹に草に足を捕られて思うように進むことができない。気持ちばかりが焦って、もどかしさで少年は声を張り上げる。
ねえ、きみは、
・・・・・風が、草原を駆け抜ける。
少年の声はかき消され、遙か遠く空の彼方へ――